2015年12月2日水曜日

SSD延命設定

変換名人
SSDをWindows7で少しでも長持ちさせようと言う設定をして見ました。

1、RAMディスクを1.8Gbyte確保。RAMディスク化ソフトはバッファローのメモリ、D3N1333-4GX2 を買えばダウンロード出来るソフトを使いました。窓の杜、ベクター等にフリーのソフトも結構あります。

2、RAMディスクに仮想メモリーを500Mbyte確保。仮想メモリーがないと不具合があるソフトウェアがあるとか。我が家ではまだ不具合は出ないが念のため確保。

3、Windowsの環境変数TEMP、TMPをRAMディスクに設定しました。

Transcend microSDHC
3、変換名人 に  32Gbyteの Transcend microSDHC を差し込んで、ここにマイドキュメントフォルダを移動。アクセスは遅いですが大きなファイルでなければ問題ありません。

4、FirefoxのキャッシュをRAMディスクに移動。最初SDカードに置いていましたが、HDDより遅く、終了時に時間がかかるためRAMをディスクにしたところ快適になりました。
 
5、よく使うソフトウェアの作業用ディレクトリをRAMディスクに設定。

 と、なるべくSSDのアクセスを少なくなるように設定しました。今のところ、この設定で不具合は出ていません。快適に作業できています。

 後、プリントスプーラをRAMディスクに移動したいのですが、アクセスが拒否され設定が保存出来ない。どうしてだろう?

2015年12月1日火曜日

ICONIA F54E パワーアップ!

D3N1333-4GX2
F54Eを買って3年以上経過しました。やっとパワーアップしようと重い腰を上げたわけですが、いざやってみるとあまりにあっけなく、簡単でした。
メモリーはバッファローの D3N1333-4GX2 を選びました。以前 IO のメモリーで初期不良に当たり使いたくなかったので。といっても運なので問題ないと思いますが。交換は記事にする程でもないです。小学生でも簡単に出来るレベル、静電気にさえ気をつければ問題なし。

MX200 SSD
SSDは CT250MX200SSD1 Micron製Crucialブランドを選びました。初めて使うメーカーですがAmazonでは評価が高いようです(当てにならないですが)。
SSDを以前購入したHDDケースに入れ接続してシステムの転送。システムの転送ソフトは EaseUS Todo Backup Free を使いました。最初はクリーンインストールしたのですが、膨大なWindowsUPDate量(1GB超え)に面倒になりクローンに変更。なにしろ我が家の通信回線は、超激遅のぷららモバイルLTE無制限のテザリング、酷い時間帯には0.02Mbps、おまけにダウンロードに失敗する事が多い。これじゃ一週間くらい掛るんじゃないかと思います。そんなに悠長な事はしていられないので不要なアプリ、データを削除して転送しました。メモリーも増設したことも奏して時間もかからず以外に早く終わりました。換装作業自体はプラスドライバー一本で可能です。これまた至極簡単、HDDはアクセスしやすく実装されてます。換装後は静かにはなりましたが、変わったのか?と思う程度。それほど劇的な物ではありませんでした。まぁHDDが何時飛んでもおかしくない状態で使い続けるよりは精神的に楽になりました。次回はSSD用の設定を書いてみたいと思います。

2015年11月29日日曜日

ICONIA F54E の現状

ICONIA F54E
今はこんな風に ICONIA F54E を使っています。ソフトウェアキーボードは使わず、外部キーボード&マウスで結構快適です。写真では分かりづらいですが角度を付けて見やすくしてあります。USBも計6個に拡張してあります。折角の2画面、キーボードにエリアを占領されるのは勿体無いです。文章の編集は上で、資料となるWEBやwlikipedeliaは下に表示して参考にしながら編集。他のパソコンでは横に並べてやる作業がF54Eの場合、縦で出来るので視線の移動が楽に思います。 下の画面、本当は付箋だらけです。TV番組、株の購入履歴、印刷時の紙のサイズ一覧、カレンダー、秒付き時計とか。デイトレには打って付けです。

裏側はPCクーラーの ZM-NC1500MN-BK に棚を支える L型棚受け をネジで固定して使っています。我が家ではコタツの上で使っているのでこの角度で丁度いいです。あと5年くらいは現役で使いたいと思っているがマイクロソフト次第ですかね。Windows7、いつまでサポートしてくれるのやら。



 猫って面白い生き物です。毎夜、一度は寝床に入ってきて抱きついて来ます。

2015年11月25日水曜日

見ていると楽しい ワードライタ

ワードライタ BL-120
別に目的もなく購入。文字を扱った仕事をしていたので何故か惹かれて購入してしまいました。マックスのワードライタ BL-120 と言う機械です。
仕事でJIS第一水準から第二水準までの文字データを作りNC機械で文字を彫っていたのですが、これはペンを装着して紙などに書く機械です。カタログには施工図、のし紙、ビデオのタイトル、宅急便の伝票等に定型の文字を書かせる機械とあります。
NC彫刻機の場合、文字データを完成させるまで数年かかった事を考えるとこんなに安価で(と言ってもこの機械、定価で15万円)買えるとは驚きです。もっと早く出ていれば文字データだけ拝借して・・・いけませんね。
とにかく文字を描いている動きがいじらしいと言うか、見ていて飽きません。

 

どうでしょう、面白いでしょ。(初の動画投稿です)書体はペン字、線文字、太字、明朝、楷書とあり、明朝と楷書は白抜き文字も可能です。さて、何に使うか(笑。

2015年11月16日月曜日

酷すぎる、ぷららモバイルLTE

ぷららモバイルLTE
我が家のネット環境は固定回線ではなくMVNOを使ったテザリングで行っています。
ネットを始めた当初から固定回線は使ったことがありません。ウィルコム、ドコモ、イー・モバイル、そしてぷららです。56Kbps~3Mbpsと回線速度も上がってきている訳ですが、ぷららモバイルLTE は今まで使ってきた回線の中では最低の通信品質と言って間違いないでしょう。使い始めた当初は満足の行く品質だったのですが、今年の8月頃から極端に遅くなり、0.1Mbpsを切るのもザラになってきました。早朝の4時から6時頃は2Mbpsを超えることもあるようですが、そんな時間にネットをする事が出来るのは一部の人のみです。普通の生活をしている人らは昼にメールをチェックしたり、帰宅後Webを楽しむと思うのですが、肝心のその時間帯が激遅で0.1Mbps程度。0.1Mbpsと言えば10数年前の通信環境です。画像や動画を多用したWEBは何時迄も読込中か「安全な接続が出来ませんでした」と表示されてしまいます。 快適に行えるのは2chくらいでしょう。

また、混雑時には少し大きなサイズのファイルだとダウンロードが途中で切断されてしまい行えません。 相手サーバにはねられるのでしょうか?
ヤフオクも夜間は回線が不安定で落札価格を競えません。 アマゾンも途中で切断され買い物にも使えません。ネットラジオは切れまくり聞くに耐えず、夜間の使用は全滅です。

現在はベストエフォート(最善を尽くした速度)と言えばどんなに遅くても文句の言えないMVNOですが、上限でなく、下限で通信速度を保障したサービスの登場を期待したいと思うのですが無理なのかな。

2015年11月15日日曜日

Recovery Disc 作成

DVRP-U8VK
まだまだ現役でF54Eを使い続けたいと思いHDDを交換することにしました。HDD交換の準備として今更ですがリカバリーディスクを作ろうと思い、DVDドライブ DVRP-U8VK を購入しました。型落ちなのでだいぶ安く購入出来ました。最初からF54Eにインストールされている Acer eRecovery Management を使えば何も考えずに作成できます。作成にはDVDディスク4枚必要でした。
ついでにシステムイメージを使って修復する場合に使うシステム修復ディスクも作って置こうと思い1枚用意しました。このディスクは「コントロールパネル」の「システムとセキュリティ」の「バックアップと復元」の中で作れます。時間はかかりますが簡単でした。
ブータブルディスク(WinPE)もオンラインソフトの EaseUS Todo Backup Free を使って作っておきました。入手は「窓の杜」にあります。
HDD内のいらないファイル、使わないアプリなどを削除してからシステムイメージを「バックアップと復元」で以前使っていたHP TouchSmart tx2 のHDDを取り出し

SATA/IDE-CASE2.5 SL
HDDケースにいれ作成しました。
HDDはシリアルATAとIDEの2種あるので、それにあった外付けケースが必要です。左のケースは両対応なので問題無いですがケースを選ぶ際は注意が必要です。残念ながら左の商品は製造終了のようでAmazonにありません。パソコンが壊れる度にHDDばかりが増えていきます。主だった故障の原因がディスプレイ廻りだからでしょう。今後の予定はメモリ増設、SSD換装です。

2015年11月11日水曜日

最近のスマホ、デカくね? S51SE

S51SE
もう何年も前の S51SE ですが未だに人気が衰えていません。とにかくこのサイズ、手の中にすっぽり収まるサイズがお気に入りです。比較に最近とんと見なくなった3.5インチFDを置いて見ましたが如何でしょう、5インチ、6インチのスマホも結構ですがちょっとズボンのポケットに入れるには嵩張る。そんな時はこのS51SEを持って出かけます。次回紹介しますが、もう少し大きいスマホも持っています。でも普段使いの通話用はこれをメインに使用しています。iPhoneより目立ったりして。
最近、OSが2.3.4なので対応アプリが少なくなってきました。元々メモリが少ないので沢山のアプリは入れられません。とりあえず必須アプリとして通話録音アプリの「コールレコーダー」、MP3をフォルダー指定で再生できる「LISNA]、辞書アプリ「EBPocket」を入れてあります。ボイスレコーダーの音質はさすがSONYだけあって今まで使ったスマホの中では最高です。
個人でバッテリー交換可なので永く使えます。もちろん中古購入。新品のスマホは最初のS21HTのみ。それ以外のスマホはすべてヤフオク。最新機種に価格相応の魅力が感じられないですね。ヤフオクも以前紹介した ハピタス にログインしてからヤフオクで落札すると0.5%(キャンペーン中だともっと多い時も)還元されます。たまにハピタスを忘れ、落札してしまい後悔したりしてます。

追記 S51SEはイー・モバイルで使い始めましたが現在はワイモバイル、3Gです。
この3Gが2018年1月末で使えなくなるとのこと。ワイモバイルで何らかの対応はあると思いますが、今現在なんの発表もありません。
この機種を使い続けるにはドコモ系SIMに変更する必要があります。音声通話専用機として使い続けたいので(と言っても殆ど使いませんが)なにかしら入れて置きたいと思っています。

2015年11月10日火曜日

マイクロソフト製マウス 2種

Arc Touch Mouse RVF-00057
現在使用中のマウスはマイクロソフトのワイヤレス ブルートラック マウス Arc Touch Mouse ブラック RVF-00057 と言う奴です。今まで使ってきた中では一番長く使ってます。チャタリングもまだ起きてないし、真ん中にあるスクロールボタンはタッチ式なので構造的に壊れることは無いでしょう。ただ裏面がラバー製なので破れ始めています。その点がちょっと残念。単42本で駆動ですが、先日紹介したキーボードより電池喰いです。

どうしてこんな所が破れるんでしょう?
購入後1年経っていないのに。
保障で交換も出来そうですが面倒なので、そのまま使ってます。

 


Wedge Touch Mouse 3LR-00008
マイクロソフト ブルートラック ブルートゥース マウスWedge Touch Mouse 3LR-00008 です。単三電池1本で駆動です。デザインが気に入って買ったのですが、手に持った時に小さすぎて、手が吊ってしまいそうな感じが嫌で使っていません。接続はブルートゥースですが、何故かF54Eを起動する度に認識してくれず再設定しなければ使えませんでした。Androidのタブレットでの接続は問題ないのでF54Eのブルートゥースの問題でしょうか?

RVF-00057は破れ始めていますが、冬にかけて一層活躍します。パソコンはこたつの上、マウスはこたつの中。無線の有り難さが実感できる季節です。

2015年11月9日月曜日

キーボード TK-FDP021

TK-FDP021
最近お気に入りのこのワイヤレスキーボード TK-FDP021 、右側にトラックボール、左側にボタンが付いているのですがAmazonでは余り評判が良くない。直ぐに壊れた、電池がなくなるのが速いとか散々の評価。
しかし購入当時、安かったのでそれら全て覚悟の上で購入しました。最初は別段問題もなく使っていたのですが半月ぐらいした頃、トラックボールの動きが悪くなり、やはり駄目かと諦めながら分解掃除、しかし掃除をしても動きは改善せず、次は分解も面倒だから掃除機でボールのあたりを吸ってみたり、まぁ色々やってみました。
結局効果のある改善方法はボールの廻りの隙間からエアーを吹きつけた事でした。ボールのセンサーの所に塵でも付いていたのでしょうか、それ以来半年以上何の問題もなく快適に使っています。電池の持ちも毎日2時間以上使って未だに交換していません。Amazonのレビューって当てにならないと実感しました。
ただこのボールのセンサーですが敏感で、ちょっとした振動でも拾ってしまいます。パソコンをレジューム状態にしておくと少し当たっただけで再開してしまうのでキーボードをOFFにして置かなければなりません。電池が早く終るっていうのはそれが原因だったのかもしれません。色はシルバーと私の購入したブラックの2種類。シルバーの方が高いようです。人気があるのかな?以前使っていた 400-SKB038 はシルバーだったのですが使っている内に色が落ちて廻りが黒くなり始めています。色落ちを考えると黒のほうが無難かな。トラックボールが付いていてもマウスは併用しています。細かい操作はマウスには敵いませんがブラウジング程度なら十分です。

追記 トラックボールは電池が消耗した時も動きに影響が出ます。

2015年11月5日木曜日

またまたモバイルプリンター

B-EP4DL-GH30-R
以前Androidで使えるモバイルプリンターを紹介しましたが余りにも小さい用紙のみ(A7)で物足りずまた買ってしまいました。今度はA6サイズ、長尺可能なものです。B-EP4DL-GH30-R(Bluetoothタイプ)です。用紙幅で112mmまで印刷できます。検針業者が腰にぶら下げて使っているような物と思われ、四隅にクッション材が付いていて無骨な筐体が何ともそそられます。接続はBluetooth、この機種はAndroidへの接続は自ら開発しなければ使えません。Windowsでの使用はドライバーがあり可能です。設定は一般向けでないのでちょっと複雑です。カラーレーザーも持っていますが、やはりトナーの価格が気になり、気安く印刷と言う訳にはいきません。 これは安価な熱転写のロールペーパーを使います。レシートの幅が広くなった物と言えば分かりやすいでしょう。
幅110mm、30mで12巻2,500円程度で売っていますので気楽に印刷できます。
我が家では主にスクリーンショットの印刷、町内会のお知らせ等に使っています。写真も案外綺麗に(モノクロ)印刷できるのでWEBのメモ代わりに使ってます。Windowsでのソフトは WinShot というアプリを使っています。このプリンターを買う前から使っていますが、スクリーンショットするには非常に優れたアプリです。
このプリンター、業務用の為なのか新品で買えば恐ろしい値段ですが(上記リンク先参照)ヤフオクに出ることがあるので気長にチェックして見てはいかがでしょう。私は4,500円で購入できました。

2015年11月4日水曜日

ToRiZo と言うスキャナー

ToRiZo
葬儀社に母の遺影を作って貰いましたが、どうしても気に入らず、自分で作りなおしました。その際、昔亡くなった父等の写真も作りなおそうと思ったのですが、何分何十年も前の写真です。銀塩写真で読み込むにはデジカメで写真を撮影して読み込むか、近くのコンビニで読み込んでデータ化するかくらいしか考えつかない。
色々と整理していたら結構な量の銀塩写真が出てきたので、いっその事この際スキャナーを買おうと思い、色々ネットを探し廻りました。
綺麗に取り込もうと思うとフラットベット式のA4サイズのスキャナーがベストと思うのですが、あの手のスキャナーはPCに直接接続するタイプで、OSがバージョンアップする度にドライバをアップデートして貰えなければ使えなくなる恐れがあります。
ならばPCへ接続せずスキャナー本体のみで完結するタイプが良いんじゃないかと思い ToRiZo と言うこの機種に辿り着きました。
手でなぞるモバイルスキャナーもありますが、変形せずになぞるのは至難の業と思い、フラットベットタイプでモバイルのようなスキャナーと言うわけです。

ハガキサイズまでしか読み込めませんが、本体の下側が透明になっており位置を変えながら読み込み、その後付属ソフトウェア(HaRiZo)で貼り合わせができるのでA3とかの大きなものまで読み込めます。
また、アルバムに貼り付けたままで読み込めるのも便利です。古いアルバム等は剥がす時に写真が破れてしまいますから。
SDカードへデータを入れるのでSDカードさえ読み込める環境ならばいつまでも使い続けられます。600dpiで読み込み、画像ソフトで加工後、コンビニのカラーコピー機で出力して遺影としました。額へ入れるので艶がなくとも普通紙で十分です。耐候性とかも考えたのですが色褪せたならまた出力すれば良いだけの事、自分としては十分です。

2015年6月2日火曜日

ネコと二人?暮らし

す~
早いもので母がなくなってもうすぐ半年、今は老猫との二人暮らしです。この猫も17歳、母が十数年面倒を見ていた猫です。名前は「す~」親猫の名前を受け継ぎ同じ名前にしました。
今もなお母の事を考えない日はありません。食事の時は「あぁうまかった」と言って食べてくれたこと、「お茶、飲めや」と二人でお茶を飲んだこと、暑くなればかき氷を二人で食べたこと、麺類が好きでほぼ毎日うどんを作ってやったこと、もっともっと迷惑かけてくれても良かったのにね。病院で手を握り返してくれた時のことを今も鮮明に思い出します。20年以上離れて暮らしていた事を今、少し後悔しています。
皮肉なことに介護が苦にならずいつまでも長生きして欲しいと思っていた我が家はあっさり逝ってしまい、ニュースでは介護が苦で事件にまでなっている。自分の親なのにそんなに嫌なものなのか不思議でならない。我が家もそんなに仲の良い親子関係でもなかったんだけどね。

そろそろ、前向きにブログを再開したいと思っています。今夜も猫と二人、妙になついています。

2015年1月15日木曜日

記憶に留めておきたい事

最後の言葉
 認知症発症後、度重なる入退院で認知症が進行し最後は会話らしい会話は出来ませんでした。最後の2日前、ベットで布団をかけてやった時のこと、「寒くねぇかい」と聞くと小さな声で「寒くねぇよ」と返事をしてくれました。これが言葉らしい最後の言葉です。最後の1年、調子のいい朝方はある程度会話も出来ましたが夕方になるにつれ会話も難しくなり、アタタタタ、アババババのような声を出すのみで受け答えは出来ませんでした。元気な頃はその声も力があり北斗の拳の様だと言ったりクレヨンしんちゃんに出て来るひまわりの様だと話してました。
病院では何故か、朝方ぼーとして夕方しっかりしてました。もっと話したかった。

母の口癖 「そうでもねぇだよ」「なんだかしらねぇが」「まんまくうよ」
  車椅子に乗るようになってからは、こたつ板をバンバン叩くのが癖でした。あまりに五月蝿いのでTVの音も聞こえず字幕を表示させ見ていました。
弱るにつれ叩く事も難しくなると今度は撫ぜたりして、汚れでも付いてるのかとこたつ板を拭いたものです。

介護
 介護生活1年と5ヶ月。週二回のデイサービス以外はすべて自分一人で介護した。食事、下の世話、着替え、辛いとか嫌だとか思ったことはない。便が出た時なんかはホットし自分までスッキリした気分になったりもした。口腔ケアで口の中を拭く時は歯のない口で噛まれたけどもぜんぜん痛くなかった。痰の吸引だけは母が苦しそうな顔をするので辛かったけど。まだまだ介護させて貰いたかった。

認知症
 認知症で暴言、暴力に怯えている人も多いと思うがそれも一時的な事。一年も経てば収まります。母も自分を殺すと刃物を持って来たり、家中の窓ガラスを割ってやると鍬を持って来たり、お前を呪い殺してやるとまで言われました。夜など殺されはしまいかと部屋に鍵を掛けて寝ることもありました。キズが付いた扉もあります。でも一時の事です。本人も感情のやり場に辛かったと思います。今想えば子供に返って行くのが認知症かも知れません。暴力期は反抗期、子供の様に自分の後も付いてきた。最後はアバババと赤ちゃんの様に。孫がいないのでお婆ちゃんと言えば母は怒ったけども本当に可愛いお婆ちゃんになって・・だから余計に辛い。

 認知症の診断はかかりつけ医でなく専門医に診てもらうのをお勧めします。我が家では専門医でなく田舎の内科医で診断されました。その後心療内科へ替えましたが後悔しています。あの精神安定剤・睡眠導入剤が誤嚥に繋がっていなかっただろうかなどもっと慎重に考えればよかった。認知症専門医、脳神経外科あたりが良いのかな。

忘れたくない。さみしいね。

2015年1月5日月曜日

自宅での看取り

看取り
 昨年末、退院して一週間で母が逝きました。年を越すまで生きていて欲しかった。毎日耳元で懐メロを聞かせると歌にはならなくとも一緒に歌っているようでした。自宅で看取りましたが本当にこれで良かったのか、苦しくなかったのか、本人でないので分かりません。見た目には苦しんでいなかったように見えましたが分かりません。亡くなる当日、いつになく酸素の値も血圧の値も良く、まさかこの日に亡くなるとは思いませんでした。退院後、何かあったらと思い母のベットの横で寝るようにしていました。その夜、普段と違う息遣いで目を覚まして母を見ると目を開き小刻みに呼吸をしていました。救急車?在宅医?訪問看護?と考えが巡りましたが、何時もとは違うと何か感じました。その晩は今年一番と思われる大雪、しかも真夜中。何れにしても間に合いそうもないなと覚悟を決め後悔しないように出来る事をしました。痰の吸引、人工呼吸。息を吹き込んだ時、分かりました。肺に水が溜まっているようなゴボゴボと言うような音、最後かも知れないと。普段は言えない、でも絶対伝えて置きたいことを母の耳元で言いました。「ありがとう」「産んでくれてありがとう」何度も何度も。言っておきたかった。異変に気がついて20~30分位で息を引き取りました。午前0時5分。今考えると救急車を呼ばなくて良かったと思います。母は静かに逝きました。

 自宅で看取ると言う事は看取る側としては辛いです。大切な人が息を引き取るのを、死んでいくのを、何も出来ないまま見ていなければいけない。今でも息を引き取った時間になると辛い。元気な時は感謝の気持ちなんて湧かなんだが、遺骨を前に「南無阿弥陀仏」でなく「ありがとう」と今は不思議と感謝の気持ちばかりが湧いてくる。最後の最後まで吸引したのが悔やまれる、嫌な思いをさせてごめんね。

在宅医
 いざという時に頼りになるのが在宅医だと思うのですが、我が家の在宅医は緊急入院の際も、看取りの際も来てはくれませんでした。緊急入院の際は「診療時間中なので往診は出来ません、救急車を呼んで下さい。」看取りの際は「朝が明けましたら伺います」と。父をなくした40年程前の医師は直ぐに駆けつけてくれましたが今の医師は違います。救急車、訪問看護師、の次が往診です。
その挙句の果てが「亡くなった後の往診は健康保険が利きませんので全額負担でお願いします。」と言われました。 開業医さえもサラリーマン化しています。

誤嚥
 医師は老衰と言うが老衰でなく、餓死です。誤嚥しますから食事はダメです。水もダメです。と言われ点滴生活が3ヶ月。体中のエネルギーを使い果たしての死です。こう言う亡くなり方もあるんだと初めて知りました。経鼻栄養、胃瘻、中心静脈点滴など延命の方法はあったかも知れません。もしかしたら今でも生きていてくれたかも知れません。どの方法をとってもリスクはあります。本人に苦痛も与えますと医師から言われ選択しなかった。医師も消極的で勧める事も無く、このまま亡くなったほうが苦痛もなく良いと言いました。日赤での高齢者の治療方針のようです。

 入院中は一日500キロカロリー程度の点滴、退院後は50キロカロリー程度の点滴。退院後はどう考えても命を維持できるカロリーじゃありません。死を待つ点滴です。現代はネットが発達しているので医療関係者でなくともどんな点滴か直ぐに調べられます。高カロリーな点滴ほど苦痛を与えると説明を受けました。最後は点滴できる血管も見つからなくなり皮下点滴となりました。考え方によっては医師達の暗黙の了解のもと安楽死させられたのかも知れません。

後悔
 大腿骨を折った時、日赤の医師に体調が悪いから手術できないと言われ手術せず、半月ほど食事も摂れず点滴でした。この時、無理をしても早期に手術をしてもらうべきでした。最近では多少体調が悪くとも体力の落ちないうちに手術をするのが良いとされているようです。この時に体力が落ち、認知症が進行してしまいました。満足なリハビリを日赤で行って貰う事が望めないんだったら手術後直ぐに退院させ、自宅でリハビリさせれば認知症も進まず、体力も落ちなかったと思う。

  一度目の誤嚥性肺炎の時も認知症がネックになって嚥下リハビリが上手く出来ず中途半端となってしまいました。誤嚥は物理的なリハビリもあるが薬物療法でも改善出来るようですが、医師による誤嚥のVF、VE(レントゲン、内視鏡による検査)もなく薬物療法もなかった。日赤ではST(言語聴覚士)のリハビリのみだったようです。検査自体誤嚥のリスクがあるので主治医が避けたのではないかと思います。投薬もまた誤嚥のリスクがあるので避けたのではと思っています。

 日赤は認知症患者の治療は積極的に行っているようには思えません。また認知症を理解しているとも思えません。朝の回診での数分診察、いや数十秒の診察でどの程度の認知症か診断するのは難しいと思います。調子の良い時、悪い時、すべて見てどの程度の認知症か分かると思うのですが、名前を呼んで返事なし=意識混濁。早計すぎやしませんか? 日頃から母は10時過ぎないとはっきり目が覚めない感じでした。そういった情報も家族から得ようと言う姿勢もなく投げやりな感じさえしました。

 他の病院へ行ける選択肢のない田舎では諦める他ないのが現状です。特に誤嚥は1分1秒を争います。病院を選んでいる時間はありません。今思えば応急処置で安定したら転院させればよかった。といっても行くあてなどないのですが。
 今回の日赤での主治医は内科部長で指導医らしいのですが、何かにつけて「老衰」です。と言うばかり。リスクから逃げる治療方針に回復させようという気概がまったく感じられず歯がゆい思いをしました。彼らはサラリーマン医師という言葉がお似合いかも知れません。彼らのような指導医に指導されている研修医の将来が心配です。田舎では信頼の置ける医師を見つけるのは不可能です。かと言って、病んでいる母をあっちの病院こっちの病院と連れ回すのも寿命を縮め兼ねません。日頃から本当に親身になってくれる主治医を見つけておきたいものです。